2017年7月28日金曜日

第13回 「環境問題と行政」

第13回コミスペ 「環境問題と行政(ゲスト:二木洋子さん)」(2017.7.14)を受けて

Communication Space
 前回はゲストに二木洋子さんをお迎えしました。文学部の卒業生なのに、原発やバイオハザードなど、理系分野の問題にも深く勉強され、長年にわたって女性議員として嫌がらせや紫煙にもめげずに取り組まれてきたことに驚いた人も多かったかと思います。交歓会では最近の地方自治体の問題やメディアの問題なども話題となり、以前と比べて住民運動には厳しい状況になっていることを話されました。
  「短歌とその心」は今回も私が選んだ10選だけコミスペの後ろに紹介しておきます。
  いつものことですが、メールの件名を付けることと、末尾に(学部・回生・氏名)を忘れずに書いてください。コミスペの見出しはできるだけ自分で付けてください。( )付きの見出しは私が付けた印です。締切は月曜17時です。
 「近所に同じような施設が出来ると聞いたら」

第2部の質問について
 * もし自分の家の隣に超危険な施設ができても、私は何もしないだろうと思います。反対はするだろうけれど、地域の仲もそんなに良くないしみんなで団結して反対運動をするというのはイメージできません。近所の人同士で嫌やな~って言うだけだと思います。今、自分の家の裏の学校が潰れたので次に何ができるのか少し楽しみです。(N1)
→ 超危険な施設ができても何もしないとは諦めが早いですね。自分一人でなく家族ができてもそうかな?

(住民の反対運動は簡単ではない)
 * 二木さんのお話を聞いて、住民がいくら抗議しても行政がゴーと言えば建設されてしまうし、行政の力の大きさを感じました。もし、私の家の近くに医薬研究所が建設されると聞いたら反対するけれど、反対運動は1人では絶対に出来ないし、勇気がいることなので、簡単にはできないと思います。(J1)
→ 簡単でないことはその通りですが、実際に止めた事例はいくつもありますから諦めないことです。
 実は交歓会で教えてもらいましたが、昨年から高槻市でJT医薬研究所以来の住民運動があったそうです。高槻市上牧・梶原中村町に建設されようとした産廃焼却炉の建設に反対する住民運動が昨年から展開され、つい最近になって事業者が計画断念したという快挙があったそうですよ。https://sanpairo-hantai.jimdo.com/
 二木さんの場合は止めることはできませんでしたが、その後の住民監視の中でJTのやりたい放題をチェックしてきたのは大きな成果だと思います。

あきらめないことの大切さ
 * 今回の講義を聞いて、やはりあきらめないことが大切なんだと感じました。前回の花井さんのお話と同様に、途中で折れることなく粘り続けたからこそ、勝訴という大きな結果を残すことができたのだと思います。
 交歓会で二木さんがおっしゃっていた、「反対する人が大勢いるなら、私たち(反対している人たち)が頑張って、その人たちの心を変えればいい」という言葉がとても印象に残っています。どれだけ多くの人が正しいとしていたり、間違いを見過ごしていたとしても、明らかに間違っているのなら、「自分が変えてやるんだ!!」ぐらいの気持ちで主張し続けないと、現状は変わらないと思いました。長文失礼しました。(J1)
→ 交歓会で、上に書いた産廃焼却炉建設が止まったという話を聞きましたよね。住民団体の代表の方も「はじめは99.9%ダメだろうと思いつつも反対運動を展開することを決めました」と語っておられますが、まさにその通りで、誰かがやらなければ何も変わらないということですよね。

(戦い続けることが大事)
 * 企業が後ろめたいことを隠すのは当たり前のことで、それに負けずに戦い続けることが大事だと思った。諦めてしまうと、企業の思い通りであると思う。(J1)
→ ゲストの3人の先生はいずれも長い間負けずに戦い続けてきた方々ばかりですよ。

(二木さんを尊敬する)
 * 今日の二木さんの講義を聞き、自分の家の近くに危険性が不確かなバイオ施設ができると考えるととても恐怖の感情が起こります。バイオハザードの危険性をもっと企業側は高槻の住民の人たちに説明しないといけないと思いました。私の家の近くにもし危険性のあるバイオ施設ができたとしても二木さんのような行動をとることはできないと思うのでとても尊敬でき、住民運動などの行動に参加できるようになりたいです。自分から調査し、質問をし、危険性を明らかにすることが大事だと思いました。(C3)
→ 思うだけでは何も変わりません。行動あるのみかな。

自分だったらどうだろう?
 * 自分の住んでいる地域でこのようなことがあった場合、自分は二木先生のような行動を起こせるだろうか、起こそうと思えるだろうか、と考えました。近くにバイオハザードの脅威があったとしても、自分では行動を起こさず、常に不安を感じながら生活しているのだろうと思いました。これ程にも行動力があり、変化をもたらすことを可能にしたのはとてもすごいことだと改めて思いました。(T1)
→ この授業では、自分だったらどうする?というお題を何回も出してきましたよね。北野さんも二木さんもすごいけど、私には出来ないわと思った人が多いでしょうが、学生時代のお二人は決して学生運動の闘士などではありませんでした。ただ、自分の目の前で起こった出来事に目をつぶることができなかっただけです。北野さんがよく言われますが、普段から勇ましいことを言ってた人たちはいつの間にかいなくなったが、普段は普通だった人たちがいざそのときになったら一緒になってくれてずっと闘い続けてくれたとのことです。今、北野さんや二木さんと同じように反対運動を始めますという威勢のいい人を期待しているのではなく、将来、同じような場に直面した時、頭の中が真っ白になるのではなく、北野さんや二木さんのことを思い出して、自分で考えられる人になってほしいというのが私の願いです。
 (誰も合意しないと思う)
 * 今回のグループワークのお題「バイオハザードの危険性がある医薬研究所が近所にできると聞いたら、あなたはどうしますか?」という問いに対し、今回の授業で扱った例のように、住宅地の真ん中に、情報公開もしないで、住民が何も知らないまま知らないうちに研究所が建設されることはもちろん問題であるが、たとえ建設場所が人の少ないところでも、たとえ情報公開されていたとしても、住民が安全面に不安を抱く限り、住民の合意は得られないと思った。
 だから、私は、建設に反対する理由として、もし、災害が起こったとき、耐震性などの安全面上の問題が考えられること、もし、数十年後も研究所がある場合、施設の老朽化などによる問題が考えられること、もし、実際に事故が発生した場合、誰がそのことの責任をとるのかということ、人為的原因でバイオハザードの原因となる物質が流出する可能性があることなど、様々な問題が残されている。果たしてそのような問題が残されている研究所の建設を誰が認めるだろうか。私は誰も合意しないと考える。(S1)
→ 住民が不安を抱くのは企業の情報が住民に隠されているからです。もう一つはバイオハザードの規制が緩すぎるからです。情報公開で直ちに住民合意を得るわけにはいかないでしょうが、お互いにテーブルに着けば納得のいく規制のあり方を模索することができるはずです。もちろん、建設後も規制と監視に住民が参加することが不可欠でしょうが。しかし、はじめから誰も合意しないと決めてかかったのでは、情報公開もバイオハザードの規制も達成することはできませんよ。

知ろうとしないと
 * 自分は生まれも育ちも高槻市なので二木さんの高槻市を例に挙げた今回のお話はすごく身近な施設や地名などが出てきたので早く深い理解をすることが出来た気がした。しかし、身近な話のはずなのに二木さんのお話の中で自分が既に知っていた事例は一つもなかった。例えば高槻駅で放射性物質が撒かれたという大きな事件すら聞いたこともなかった。これは、そういった事件に自分が興味を向けていないからだと思った。たしかに高槻市に19年も住んできたがここで過去に何かあったかなど知ろうとしたことがなかった。やはり知ろうと思ったり興味を持ったりしないとなかなか情報というものは自分の元へやって来ない物なのかと思った。これからは今起きている様々なことに興味を持ってみようと思った。(E1)
→ 自分から知ろうとしないと情報はやってこないというのを身を持って知ったのは大きな収穫だね。山内君の短歌とコミスペを二木さんが読んで、「ご本人が知らなくても当然です。市役所の職員も知らない人が多いので」とのことでした(笑)。北野さんも同じようなことを言われていて、大鵬の課長らにいつも「和解協定がなぜできたかを勉強して来い」と言ってきたそうですよ。
 
人口密集地に危険な施設を建てることについて

(もっと他の施設の方が良かったのでは)
 * 二木さんのお話を聞かせて頂きました。
 JTは高槻駅前の人家が密集しているところに研究所を立ててしまったわけですが、そのような立地条件のよいところには商業施設や娯楽施設を建設するほうが、経済的にもいいのではないのかと思いました。何でも経済性を優先する現代社会で、なぜそのような判断がなされなかったのか不思議です。(M1)
→ 日本専売公社の跡地ですから、たばこから医薬品に乗り出したJTが自社の研究所に建て替えただけで、売りに出したわけではありません。

他人事ではない
 * 高槻は自分も何回か通ったことがあるけれどあそこにそんな危ない施設があったというのは講義を受けて初めて知りました。自分の家の周りにそのような施設が出来たらどう思うか、という議題についてやはり怖いということが1番大きいし福島の原発事故のように万一事故がおこってしまい自分の大好きな土地にもう二度と住めないとなるととても悲しいしその代償は何物にもかえられないものだとおもいます。(J1)
→ グループ報告書では「人が周りにいないところに立地すべき」とありましたが、発表してくれてれば終わってからの私の問いかけをする必要はなかったのですが(笑)。
 実は毎年、そういうコミスペが出るので、今回のお題もそれをどう思う?にしてはとも思ったのですが、ちょっと論点を絞り過ぎかなと控えました。グループ発表では出てこなかったので、最後に私から「どう思う?」と問いかけておきましたので、何人もの人が反応してくれたので、そのコミスペを以下にまとめました。

建設反対の理由
 * バイオ施設は人口密集地には建ててはならないという反対理由は、いい考えだと思いました。現に原発は人口密集地を避けて作られているし、バイオ施設も人口密集地に建てるのはリスクが高すぎると感じました。しかし、人口密集地でなければ、どのように建ててもいいという訳ではなく、しっかりと安全対策は行い、説明責任も果たさなければならないとも思いました。また、原発と同様にバイオ施設を建てる地域に、補助金を付与したり、その地域の人を雇用するのも良いと思いました。(J1)
→ 「しっかりと安全対策を行い、説明責任も果たす」なら、なぜ人口の多い少ないと立地は関係するのですか?「人口密集地に建てるのはリスクが高すぎる」というときの「リスク」とは何ですか? 原発が重大事故を起こしたり、実験動物が逃げ出したりするときのことを想定しているのなら、そもそもそんな「リスク」があってはならないんじゃないですか?

近所に危険のあるバイオ施設ができると聞いたら
 * GWの時は、住宅地のど真ん中ではなく、田舎などの住んでいる人が少ない地域に建設するようにしたらいいのではないかと考えた。しかし、この考え方は原発や水俣病、その他の公害のときの都会ではなく田舎に作ったのと同じであり、事故が起きたとき被害が少なくなるかもしれないが、施設の近くに研究員の人や元から暮らしている人がいるかもしれないし、周辺に人がいなくても、土地が汚染されて立ち入りできなくなるかもしれないと考えると、この考え方は許されるのかと行き詰まってしまった。(M1)
→ 人口の少ないところなら、万が一の場合の被害者数が少なくなるからと考えがちですが、そもそも万が一のことがあってはならないはずです。少なくとも現在の科学的知識で想定される危険は適正な規制と対策で防止策が講じられなくてはなりません。バイオ施設の建設はどこであろうが、バイオハザードの予防対策をきちんとした上で、住民の不安に答え、情報公開と住民監視の下で進めるほかないと思います。

(二つ答えを思いついた)
 * 先生の投げかけた質問に私なりに考えたのですが、二つ答えを思いつきました。
  一つ目は、人口密度の高い場所に危険なものを建てるといざと言う時に被害が大きくなるということです。研究所などの危険なものは人のいない山奥とか無人島とかに作るべきかなって思いました。でも、そういう所に作ってしまうと、何かあった時に誤魔化しやすくなるとおもいました。近くに人がいればすぐに気付いて被害を最小に留められることでも、無人島とかでそういうことが起こったら、取り返しのつかない状況になってやっと気がつくとかいうことも起こり得ると思います。その危険とかとの折り合いが難しいと感じました。
   二つ目は、これは少し話し合いの時にも考えていたのですが、土地の値段が下がるということです。危険なものの近くの土地は誰も買いたくないし、そこに元から土地を持っている人はその土地を出ようとした時に土地の値段が下がってしまって、私なら嫌だと思いました。(J1)
→ 無人島の話はおもしろいですね。一般住民はいないので何をやっても分からないでしょうが、研究所の人と家族は住んでるのでしょうから、モルモットも被害者も自分と自分の家族だけですよね。まるで監獄みたいですが、そんな研究所に勤める人がいると思います? 交歓会のときに二木さんが話されてましたが、筑波はそういう研究所が多い街なので、いわゆる娯楽も少なく、日常生活が面白くないので辞めていく人が多いそうです。
 二つ目も面白いですね。都会は地価が高いですが、風評で影響も受けやすいということですね。地方ならもともと安いからあまり関係ないということですか。

近くにバイオ研究所ができるなら?
 * もしバイオ研究所が住宅密集地にできるならどうするか、という問いに対して、もっと人の少ないところに建設するべきだ、とは言い出すことができませんでした。なぜなら、過疎地であっても人は住んでいて、その地域の人々に危険を負わせることになるし、バイオハザードによって人だけでなく生態系に影響を及ぼす恐れがあるのでは、と考えたからです。少なくとも人の居住区からの距離、周囲の生態系に関する環境アセスメントに則り、活動に関わる情報の開示が十分に行われた上で、本当に建設してよいか評価される必要を感じました。(J1)
→ その通りですね。一人一人に対するバイオハザードの危険性は人口の多い少ないと関係ないですからね。それに都会の人は海と山に恵まれた自然を求めて旅行を楽しむことも多いと思いますが、その自然の景観や生態系が壊されてしまうことにもなるのですから、都会の人にとってはそういう自然も失うという意味ではもっと被害は大きいとも言えますね。

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 コミスペの途中ですが、この話題に関して二木先生への質問が入ったコミスペがありました。そこで、二木先生に直接お答えをお願いしました。そうすると早速お返事をいただきましたので、投稿者に転送しましたら、お礼と感想のメールが届きました。このメールも二木先生に送りましたら、再度、書き足りなかったところがあるのでと先ほど追伸をいただきました。せっかくですので、コミスペ番外編として、以下に掲載します。

 どこならよかったの?

* 近所に医薬品研究所ができたので危険性について調べ、反対運動をされたというお話でしたが、では逆にどこになら研究所を建ててもいいと思っているのか、ずっと気になっていました。
  Q&Aの時に原発の問題を例にしていらっしゃいましたが、前回以前の授業で原発がなくても電力は足りる、だから原発は廃止して構わないという案が出ていました。しかし、医薬品はそういうわけにはいかないでしょう。高度な医療技術を持つ日本が、国内のどこかで研究を進めないわけにはいきません。病気で苦しむ人は薬を待っているはずです。
 人口密集地帯に建設するのは問題があったかもしれません、しかし過疎地域ならいいんでしょうか。人の命の重さは同じなのに。被害人数なんてものは客観的なものだから人数が多いと大きな被害だと言うのかもしれませんし、あるいは大きな被害が予測されると言われるのかもしれません。でも当事者からすれば人数なんて関係ないでしょう。
 二木さんは反対運動のなかで立地場所の代替案を出されたのでしょうか。もし出されていたとしても代替案なんて結局危険を押し付けているだけではないのでしょうか。なんだかとても疑問の残る講義でした。感情が先行してしまいそうだったので質問を控えていたのですが、1日経ってももやもやしてしまいます。質問しなかったことを反省しています。
 ちなみに私の住んでいる市の海沿いの埋め立て地には大きな石油化学コンビナートがあります。地震が来て津波が起きれば、火の海が襲ってくるのだろうなという漠然とした危機意識はありますが、年月を経ればそれなりに慣れますし、昔からそこにあるので普段から反対運動が起きているなんてことはありません。だから何だという話ですし、バイオハザードの方が日常的に危険だというのは理解しますが、結局時間が経てば地域住民の意識も穏やかな方向に変わってしまうのではと思います。よほど拒絶する人は引っ越していくでしょうし。(J1)
→ J1さんのように思っていることを素直に出してくれると、みんなが議論しやすく、理解を高められたかと思います。このお題だけでやった方がもっと盛り上がったかもしれませんね。
 とりあえず私のコメントを書いておきますが、後で二木さんからもコメントがいただけると思います。
 まず、不要な原発と違って医薬品は必要なのだから、どこかに研究所を建てなければならないが、どこならいいのかという疑問ですが、私はどこならいいという話ではなく、住民にバイオハザードの対策をよく説明し、理解を得られたならどこでもいいと思います。要は情報公開と環境アセスメントで住民の納得を得ることです。そのためには環境問題に対する企業と行政の姿勢がしっかりしていることが前提です。企業で言えば、最近はCSR(企業の社会的責任)が強調されるようになり、積極的に取り組む企業も出てきましたし、行政で言えば、バイオ対策の条例を作っている吹田市や茨木市などの例もありますから、それらの条件がそろい、住民との合意が得られるなら、可能だと思います。要は企業・行政・住民の間でバイオハザード防止のためのしっかりした連携が重要だと思います。

⇒ (以下は二木さんからいただいたコメントです)

J1さんへ
 どこならいいという話ではありません。バイオ施設の建設に際しては、EUなどのように、法的ルールをつくり、住民合意を得るようにしてほしいと訴えているのです。
憲法には基本的人権の尊重がうたわれています。社会や国のために、人を犠牲にすることはあってはならないのではないでしょうか。研究所で働く職員の方は労働者として、周辺に住む人は住民として、つくられた薬を飲む人は消費者として、それぞれの健康が守られるべきではないでしょうか。それらが守られなかったのが、労災であり、公害であり、薬害ではなかったでしょうか。
 労災を防ぐためには、労働者の安全を守る法がありますし、周辺住民の健康を守るために、公害を防ぐ、環境を守る法律もたくさんつくられています。残念ながら日本は「後追い行政」で、これらの法律は、多くの被害者が出てからつくられてきました。公害、環境に関する法律がどのようにしてできたか、ぜひ、経緯を一度調べてみてください。
 バイオハザードは、現行の法令では公害ではないので、バイオハザードから周辺住民を守る法律が何もない、無法状態です。被害が出てからでは困りませんか。法律は何のためにあるのか、ぜひ、考えてみてください。
 なお、研究所が開所してから24年になりますが、不安が消えることはありません。救急車のサイレンがこちらに向かって来ればJTではないか、消防車のサイレンが近隣に近づいて来ればJTではないか、住民は不安を抱えて生活しています。道一本隔てたところで、感染実験や遺伝子組換え実験が行われている住民のこの不安な気持ち、ぜひ、わかっていただけたらと思います。(二木 洋子)

⇒ (以下はJ1さんから送られてきた二木先生からのお答えへに対するお礼と感想です)

 二木さんへ
 お忙しい中、御返信ありがとうございました。
 たしかに、住民合意を得る形の法律なり条例なりができることは私も必要だと考えます。法律は事故が起こってから成立し施行されたのでは遅いですし、予防策としてもあるべきだと思います。バイオハザードが公害や、その認定が難しいのなら何かしらの危険状態であるという認定もあって当然だと思いますし、むしろあると思っていたのにないということを知って驚いたくらいでした。
 そしてそういうものが全てまかり通って施設建設に至ったとしても、厳重な注意が必要であることは言うまでもありません。ただ、たとえばどの地域でも合意が得られなかった場合、その企業や行政がどういった行動をとるか、そしてそれについての措置もついで考えておくべきだと思います。
 大きな危険と隣り合わせで恐怖の感情を抱くというのは理解しました。企業や行政側が大した情報も公開せず、いつ事故が降りかかるかわからないということがなおのこと不安を煽るのだと思います。
 私の住んでいるところについてもう一つ捕捉をさせていただきます。私の住んでいる市は税収が乏しく赤字財政です。前回のコミスペで書いたような石油化学コンビナートが産業の大きな部分を占めています。なくてはならないといっても過言ではありません。施設の性質も違いますが、そういう意味で高槻市という大きな市とは状況が異なるので芽生える感情や危機意識も少し違ってくるのかなと思いました。
 この度はお忙しい中、貴重なご講演と未熟な私の意見に対する御返信ありがとうございました。たいへん勉強になりました。(J1)

⇒ (以下は、先ほど届いた二木先生からの返信と追伸です)

J1様
 ご返信、ありがとうございました。
 石油化学コンビナートの件について、少し、書かせていただきます。
 都市計画法という法律があります。
 この法律のなかで、住宅地域の中に大きな工場などができないよう、このエリアはこういう用途に使うという、「用途地域」が定められています。住居地域、商業地域、工業地域などで、現在12種類になっています。
 たとえば、工業専用地域には、住宅も学校も建設することはできませんし、第一種低層住居専用地域では、高層マンションはもちろん、ホテルや旅館、遊戯施設、店舗、事務所なども建設できません。用途地域の数は、細分化され、増えてきています。
 JT医薬研究所の敷地は準工業地域でした。周辺はすべて第1種住居地域で、この研究所は建設できないのですが、あのエリアだけ、昔、専売公社のたばこを作る工場があったため、準工業地域になっていました。
 住民としては、道一本隔てたところ、線引きされて、建設されることに納得がいきませんでした。
 石油化学コンビナートは、工業専用地域となっています。最初から、危険を前提に、立地規制がされています。しかし、四日市では、ぜんそくの患者さんが出ましたし、岡山県水島では、瀬戸内海が汚染され、漁業にも大きな影響を与えました。そのため、大気汚染防止法や水質汚濁防止法などの排出規制が強化されました。周辺住民の健康や生活を守るために、2重、3重の規制がかけられています。
 また、石油化学コンビナートの災害に備え、石油コンビナート等災害防止法がつくられています。
 法律があると、日頃から、この問題に対応する窓口の課もはっきりしていますし、事業者が法律を守っているかチェックもできますし、いざという時の備えた化学消防車なども配置されます。
 しかし、これだから安全というわけではなく、各地で、大きな爆発事故などが起きています。
 私の大好きな高槻市歌です。

1 東真澄める淀の水 西ははるかに妙見の  眺めすがしき北摂に 誇る緑の健康地
沃野の幸の満つところ おお田園の高槻市  おお田園の高槻市
2 南なにわの黒煙 北にゆかしき京の街  のぞむも中に地をしめて 咲くや理想の新文化
真理の塔のたつところ おお文教の高槻市  おお文教の高槻市
3 今ぞ自由の陽を仰ぎ 民主あかるき勤労の  汗にこぞりてゆるぎなき 平和築かん大使命
希望の槌のなるところ おお躍進の高槻市  おお躍進の高槻市

 2番の最初に「南なにわの黒煙」とでてきますが、この歌ができたのは1947年ですが、当時、高槻から大阪の工場から黒い煙がもくもく上がるのが見えていました。公害が大きな問題になるまでは、黒い煙もくもくが、繁栄の象徴でした。
今は、大気汚染防止法による厳しい規制や科学技術の発達で、黒い煙もくもくはありません。
 J1さんのお住まいの自治体も、普段から、お住まいの自治体や府県が石油化学コンビナートにさまざま規制をかけているので、それほど、危険を感じられず、安心してお住まいなのではないでしょうか。
 バイオ施設の場合は、いくら周辺が住居地域でも、そこが準工業地域なら建設できるというのですから、住民としては、納得ができません。
 また、何も規制がないので、文科系の研究所と同じように都市計画法で用途地域を、建築基準法で建築基準をクリアすれば、建設できるのです。
 過去の公害の経験を生かし、取り返しのつかないことにならないよう、バイオハザード予防の法をつくってほしいと願っています。
 なお、この法律がないため、当初、高槻市では、JT医薬研究所の安全をチェックする窓口がありませんでした。環境保全課はバイオハザードは公害(大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭)ではないので、担当ではないと拒否していました。
 職員による放射性物質ばらまき事件が起き、担当課を決めなければならず、やむなく、環境保全課が担当になりました。それまでは、市の施策を考える企画部門の人が担当していました。
 社会の状況にあわせて、基本的人権を尊重するという憲法の理念に基づいた法律、ルールをつくることは、とても重要です。
 J1さんは法学部でいらっしゃるとのこと、4年間、がんばってくださいね。

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先端科学技術のリスクについて

バイオハザードに対して
 * バイオハザードについては、生物的な感染などが起こる災害ということぐらいしか知りませんでした。しかし、今回の話を聞いて病原体が漏れだした場合は自然界で増殖してしまうということは考えたらわかることですが考えたことがなかったので驚きました。また、一番驚いたことはバイオ施設に対する法的規制がないということです。日本でも世界でもバイオハザードが起きたことがあるのにも関わらず、取り締まるためのものがないのはどうなのかなと思いました。国は早くバイオ施設に対しての法的規制をつくるべきだと思います。(T1 化学バイオ工学科)
→ 学科の名前からすると一番関係が深そうな学科ですから、1回生のうちに知っておいてよかったですね。

(漏れ出た場合の規制と対策は必要)
 * 今回のゲストの方の講義を受けて、一番驚いたことは、法的規制がないことだった。バイオ施設が害を与えるものが漏れ出ないことが前提となっていて、安全というのは、違和感を覚えた。私は絶対に安全なものはないと思っているので、漏れ出てしまった場合も考えて、法的規制は必要であり、漏れ出てしまった後の対策も十分に考えてから施設を建設するべきだと思った。(T1)
→ 絶対安全はないのですから、いかなる場合もリスクを検討した上で、対策が必要かどうかを判断すべきです。未知の科学技術領域を扱う場合、被害が出てから対策を取らざるを得ないのは避けられませんが、その被害を出来るだけ早くキャッチし、対策に活かすことが重要です。バイオハザードは映画の世界の話ではなく、二木さんが紹介されたように、すでに現実の事故として海外で起こっているのですから、対策が必要なことは言うまでもありません。
必要なもの
 * 私たちの班では、全員が医学部、もしくは生物、化学系の工学部の所属でした。その為なのかはわかりませんが、どちらかというと研究所の建設には肯定的な意見が多かったです。
 ただ、先生の講義の中で、「専門家」の人達が説明責任を果たしておらず、また建設にあたっての規制がないことには全員が驚いていました。住民の理解を得る為の行動も満足に行えない人達が、事故への対策を十分に行なっている、と主張しても全く信頼感が無いのだという事がよく伝わりました。説明責任とは何か、と考えさせられる講義でした。(T3)
→ 病気を治すための薬の開発が不必要という人は少ないでしょうね。とりわけ、医学・生物学・化学などの分野に進んだ人たちにとっては自分たちが将来携わるかもしれない分野ですからなおさらでしょう。しかし、この授業では、必要なら何をしてもいいわけではないことを心に刻んでほしいのです。

(バイオハザードは法学部生にも面白い話)
 * 二木先生は、バイオハザードに関して、もっと法律を充実させるべきだとおっしゃっていました。バイオハザードについて、授業を通して始めて知ったのですが、法学部の視点から見ても面白い話だと思いました。本当にこの授業は様々な観点から物事を観れると思います。(J1)
→ 法律はいつも社会の後追いだと皮肉られますが、これは宿命だからやむを得ませんが、その代わり、気付いたら出来るだけ早く社会的規制として法律整備を急ぐことが使命ですよね。

(住民に全く情報を教えないなんて…)
 * とても久しぶりのコミスペ投稿です。
 講義の中で1番驚いたのは、企業が企業秘密といって住民に研究所の情報を全く教えなかったことです。人は明らかにしてくれないことほど余計に悪い方向へと考えてしまったり、疑ってしまったりするのにそこを曖昧なままにしておくなんて住民の信頼はそもそも得られないと思いました。JTともなると結構大きな企業で、今では知らない人はいないほどなのに昔にこんなことがあったことを知ると少し残念でした。(N1)
→ 交歓会でも話されてましたが、あの頃のJTは専売公社から民営化した直後だったので、まだ職員の人も公社時代の上から目線が強く、住民説明会でもたばこを堂々とふかし、住民に対して居丈高な対応だったそうですよ。

100%安全なものはない
 * 今日の授業で一番心に残った二木さんの発言は、「100%安全なものはない」です。短いワードですが、非常に重い意味を持っていると思います。「絶対に大丈夫」や「悪影響は全くない」等の特に原発関連の役人が使いそうな言葉をよく耳にしますが、実際はそんなことはあり得ないですよね。JT医薬研究所や原子力発電所だけでなく、どんなものにだって必ずリスクは存在します。リスクを全く考えないことは逆にリスクが高いということにもっと人々は敏感になってほしいものです。(E2)
→ 「100%安全なものはない」はお題に対する対話のときに、藤田君の「施設の責任者が近くに住めば安全が保証されるのでは」という発言に対する答えの中で付け加えられた言葉ですよね。その通りですが、大事なことは、どの程度リスクがあるかをはっきりさせることで、住民側にもその勉強は欠かせませんが、企業や行政側には持っている情報を開示することが不可欠です。

(責任者が施設に住めばよいというわけではなかった)
 * 今回はバイオ施設とその危険性について学びました。自分の家の近くにバイオハザードを起こす可能性のある施設が建設されそうになったとき、私も施設の責任者が施設に住むのであれば安全性に配慮した施設になるのではないか、それなら建設してもいいのではないかと思いました。しかし、市会議員さんの、事故が起こったとき施設の責任者も巻き込まれれば良いわけではなく皆で安全に暮らしたいからきちんと対策してほしいのだ、という意見をお聞きして、そのような考え方もあるのだと勉強になりました。誰も犠牲にならないような法整備を早急に進めるべきで、そのためにはもっと多くの人がこの問題を知るべきだと思いました。(M1)
→ この話は上のE2君の話への二木さんからの答えでしたね。参考までに、E2君が書いてくれた報告カードを紹介しておきます。

Q:バイオハザードの危険がある建物が建設される際、施設の責任者が近くに住むというなら、安全性が保障されるので賛成してもよいのでは?
A:実は、JTの研究所長は近くに住んでいる。その人は住民のようにバイオハザードの危険を問題視していない。「便利だから」という理由で近くに住んでいる。本質的な問題は近くに住む人々は研究所員・一般住民含めて、事故が起こった際に影響を受けるということだ。この問いは少し間違っている。100%の安全というのはありえないからだ。

反対だけが正解なのか
 * 今回の講義の中にあったグループワークの内容ですが、自分は反対ばかりしていても仕方ないのかなと思います。確かに危険性があるということに住民は不安を感じるかも知れませんが、二木さんがおっしゃっていたように、100%安全だと言い切れることは無いと思うので、行政や企業が情報公開や説明責任を果たしていくことはもちろん大事なことだとは思いますが、行政や企業も社会をより良いものにしようと取り組んでいると思うので、住民側の協力も必要なのではないかなと感じました。(J1.)
→ 上のE2君にも書いた通り、住民側も感情的な反対だけではなく、リスクの中身について議論しないといつまでも平行線で前に進めません。ただそうなると、リスクの評価にかかわるデータや資料は推進側にしかないことが多いのがいつも問題で、したがって情報公開が重要になるのですよ。

我々はどうすべきなのか
 * 科学技術を発展させ、今のような豊かな暮らしを我々は手に入れることができたが、その裏で様々な公害を生んできたのも否定できない。常により豊かな暮らしを追求してしまうのが人類であるが、それならば今後も公害が起こるのは過去の事例を考えても明らかである。だからといって歩みを止めるのも満足できないという板挟みに人類はなってしまっていると思う。(M1)
→ 科学技術の進歩で、人類の暮らしは幸せになったか、豊かになったか、という問いにどう答えますか? 多分、みんな「Yes but」でしょうね。両方を同時に手に入れることができないとしたら、どちらが大事かを決めてから、両立させる手を考えるほかないでしょうね。生活を豊かにする製品の製造と、その陰で命と健康を奪う公害のどちらが大事かを決めることもできませんか?

予防
 * 日本以外ではスマホの電磁波の予防が行われてると知って驚きました。スマホの電磁波が危ないとは聞いたことがあったけど、予防までしてるんとは思わなくて、日本の腰の重さを感じました。〈C1〉
→ この話は、欧米では「予防の原則」に沿って規制と対策が行われている例として話されたものですね。たしかに、子どもの発達障害などが重視されている欧米では、電子機器や化学物質の影響(放射線、電磁波、水銀etc)が日本より厳しく規制されています。水俣病を引き起こした日本が実は水銀規制では遅れている方なんですよ。

(遺伝子組み換え食品の問題を思い出した)
 * これまで、遺伝子組み換えの食物の問題について様々な議論があるのを聞いたことがあったけど、あまり詳しく知らないままでした。動物実験や、遺伝子組み換えの研究が、人体に悪影響を及ぼすかもしれないことが分かり、恐ろしく感じました。
 この問題についても、企業側が十分な説明をしなかった事実があり、無責任だと思いました。(J1)
→ ただ恐ろしく感じただけですまさず、どんなリスクがあるのかを知って判断することが必要ですよ。

妥協点はどこに?
 * 今回のグループワークでの問いを考えるにあたって、まず思ったことは「危険性がない科学研究施設なんて存在するのだろうか?」ということでした。科学を研究する際に、実験で理論を実証するということはとても重要であるとは思いますが、その一方で科学実験には必ず多少の危険性は伴うということもまた言えるでしょう。そう考えると、周辺住民が完全に安心して暮らせるような科学研究施設なんてものは存在不可能なのではないかとも思えます。
 結局は、住民と企業の妥協点を見つけるしかないのでしょうけど、妥協点という曖昧なものにみんなが賛成することなどあり得ないでしょうから、その妥協点さえも見つけることが難しい。加えて、妥協は決して解決ではないということも忘れてはいけないことだと思います。このように今回の問いも答えを出すのが難しい問いでしたが、受身ではなく自分の頭で考えることの重要性を再認識出来たように思えます。(M1)
→ 科学研究は常に未知への挑戦ですからベネフィットとともに必ずリスクを伴います。産業革命以来、長い間、科学研究の成果として産業へのベネフィットの面のみが強調されてきましたが、原水爆や公害・薬害などを経て、科学研究の成果の利用の仕方によるリスク面が明らかになりましたね。さらに先端科学技術では研究段階でのリスクも注目されるようになりました。もともと科学技術には両面が付き物ですから、当然と言えばそれまでですが、人類の幸福に寄与するための科学技術というのなら、リスクとベネフィットの両面を常に明らかにしながら研究や生産を進めるべきです。妥協という言い方もできますが、少なくともその研究や生産が人類にとって必要なもの(例えば製薬)であるなら、そのリスクとベネフィットの両面を専門家以外の一般の人々に理解できるように説明した上で、研究や生産を続けるべきかどうかを問う制度作りが求められているのではないでしょうか。

授業について

もうあと2回
 * 正直に言うと、この授業を受けた理由は単位が取りやすそうと思ったからでした。
 いざ、授業を受けてみると、要約も毎回苦戦していたし、やってることも難しかったので、最初の方は、取る授業を間違えたなーと思ったのが率直な感想でした。
  しかし、いつからか、グループワークが始まって他の人と意見を交わして共有することが楽しくなって、またみんなの考えていることが素晴らしく、勉強になったり、そしてコミスペを投稿するようになってからは、毎回内容を考えている時間が面白くて、楽しみになりました。あと2回と思うと少し寂しいですが、この授業の集大成になるようなレポートを書きたいです。(C1)
→ うれしい投稿です。この授業を取った人は、大別すると、①シラバスを見て初めからそのつもりで取った人と、②何となくとった人(大部分は時間帯が空いてたからでしょうが)、③保険代わりに登録だけした人の3つでしょうね。
 今回の受講登録は130人でしたが、③(登録はしたが一回も出席しなかった)は30人で、②の内、入口で逃げた人(1・2回目の授業しか来なかった)が20人です。それ以後は80人が脱落もせず続いていますが、①と②の割合はわかりません。多分、過半数は①だと思いますが、②の人も少なくはないでしょうね。
 私にとっては①の人はもちろん歓迎ですが、②のうち永島君のように受けてるうちにのめり込んだという人を見るととても元気が出ます。あと2回で寂しくなりますが、最後まで楽しんでください。そして、自分の記念碑となるレポートを書いてください。
 
 二木さんへの短歌10選 (選者:木野)
 私の一存で選びましたので、評価とは関係ありません。と、毎回断ってきましたが、通り一遍でない、その人の思いが伝わるものを選んだつもりです。

どこ飛ぶか バイオ爆弾 ルーレット 私は知らない 私も知らない
 その企業や大学などは事前に知っているかも知れないが、私たち住民は知らぬ間にバイオハザードなどの危険にさらされるようになる。まるでルーレットで決められ、バイオ爆弾を投下されるような無力な気持ちでした。そのルーレットで当てられた人たちは決して他人事ではなく自らの命を守るために立ち上がりますが、その一方企業は「私はそのようなことは知らない」と言い逃れ、またその地区以外の住民も「私たちには関係なく知らない」と言う顔をします。自分達(企業、他の地区の住民)さえよければ、いいとするこの気持ちは拭えない難しい問題な気がしました。(C4)

向き合おう バイオハザード 防ぐため 法を整備し 住民合意
 バイオ施設ができるからただ反対という訳ではなく反対する住民も知識を持たないといけないですし、どういう危険性がありどういう対策をしているのかを建設する前に企業側は説明し住民の合意を得る必要があり、その為にも法整備は必要不可欠だと感じました。またバイオ施設などの新しいものを生み出す施設で100%安全であるということを突き詰めていくと今まで起こったことのない危険性も考慮すると結局は何もできなくなってしまうのではないかとも思いました。人類のためにいいと思っていたものが結局は人類に悪影響を及ぼすかもしれないですし、その反対もあると思うのでなかなか難しい問題でこれからもずっと考え続けないといけない問題になるのかと思いました。(M1)

二木さん  バイオハザードと  闘って 真の強さを  得たが素晴らし
 交歓会で、二木さんが経験した辛かったことの話を聞かせてもらいました。しかし、二木さんはそれをむしろポジティブに受け入れ、自分を強くする物と捉えていました。バイオハザードの危険を喚起し続けたのはもちろん素晴らしいことですが、私は何よりその強さを見習いたいと思いました。(J1)

誠実な 態度姿勢が 両者の 溝埋め人は 進歩していく
 JTの医薬品開発は本来困っている人の命を助けるという目標もあると思うのに、威圧的な態度で住民の反発をまねいたあげく、彼らの安全自体は少しも考えようとしない態度に私はとても残念だと思った。企業がもう少し誠実に歩み寄ることが出来たら、もっとお互い良い気持ちで、科学の発展を見守ることが出来るのにと感じた。(N1)

住民の 平和な生活 守るため 説明責任 しっかり果たせ
 やはり、私はバイオ施設はどこかには建てなければならないものだと思うので、建てること自体には賛成なのですが、しっかりと説明責任を果たすという前提のもと建設は成立するものとも思いました。(J1)

誰しもが 我が身となって 立ち上がり 学び続ける それが希望だ
 交歓会で二木さんのお話を聞いて、署名したりして反対する人たちが、漠然とした不安で反対しているわけではなく、勉強会に参加したり、参加できなくてもビラやSNSなどで情報を集めたりされていたことを知りました。住民運動が成功することは少ないけれど、成功したところはどこでも、住民側がよく勉強していたそうです。(J1)

映画での バイオハザード 現在は ノンフィクションと なりうるのかな
 ちょっと前までというよりこの講義に関わるまで正直バイオハザードなんてフィクション映画での話だと思っていたのですが、現実に起こる話だと聞き、さらに法整備が進んでおらず、背筋がゾッとするような不安を覚えました。想像し難いことでも、最悪の自体を想定するということが最善の策の1つであることをあらためて実感できた講義でした。(S1)

国民の 安心安全 守るため コトの前から 予防の原則
 その心は、何かが起こってから動き始める後追い行政では機能しないことが、これまでの事故や災害などで分かっている今、行政が予防の原則をしっかり守ってより安心で安全な国づくりがなされるべきであるということです。(M1)

何もかも 反対したい わけじゃない みんなの暮らし 守りたいだけ
 研究施設は必要でないというわけではなく、その危険性や行っている研究内容などの情報が全て公開されず、また、無条件にその危険にさらされてしまうことから反対運動が起こると思う。絶対に安全であるようにするのは難しいので、みんなの暮らしだけでも守りたいという想いがそこにはあると思うので、このような歌を作りました。(T1)

誰だって バイオハザード 恐ろしい もっと怖いの 情報隠し
 バイオハザードの説明を聞き、まずそんな恐ろしい現象があるのかと思った。しかし、生物実験を行っていた施設が二木さんのような地域住民の疑問に対して全て「企業秘密」と言って答えなかったということを聞いて中で何が行われているかが分からない事がもっと怖いと思った。(E1)
 追伸、二木さん今回は貴重なお話をありがとうございました。個人的な話ですが自分は生まれも育ちも高槻市なので今回のお話はすごく身近なことに感じて深い理解を得られた気がしています。

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