第3回「水俣病は終わっていない」(2017.5.12)を受けて
Communication Space
コミスペも3回目となりましたが、これまでに一度でも投稿した人は59人に上り、毎回投稿者も17人いて、活発な意見交換の場になっていますね。同じ授業のクラスメイトでも人それぞれに受け止め方や考え方に違いがあるのがわかりますし、このコミスぺを通してさらに理解が深まればと思います。まだ書いたことのない人はぜひ。
コミスぺを送るときは、件名を必ず「コミスぺ」とし、本文の冒頭に自分で「見出し」を付け、末尾に(学部・回生・氏名)を書いてください。今回の見出しに( )があるのは、私が付けたという印です。
なお、投稿は月曜の17時で締め切ります。また、私のコメントに対してもう一度書きたい人は再投稿もOKですよ。
患者への補償金について
水俣病に対する補償
* 水俣病の申請をしても視野狭窄、難聴、知覚障害、運動失調の4項目に疫学的条件がそろってやっと認定される制度には憤りを感じました。なので自分は水俣病に対する行政の補償が行われたことで補償金などが被害者の方々に渡されるので一件落着したと思っていました。しかし、他の訴訟や申請が出てきたときの被害者認定数を増やさないようにするような行政と企業の態度には問題があったと思います。
また「水俣病は終わらない」という言葉は印象に残りました。これからもたくさんの人に水俣病についての詳細を知ってもらうことが大事だと思いました。(T1)
→ 1968年の公害認定直後に申請した患者が次々と棄却されたのに対して異議を唱えた川元輝夫さんのおかげで、みんなが行政不服審査請求をした結果、大石長官の裁決を引き出し、1973年の補償協定に至りました。実は、私自身も、この時点で、認定と補償は一応落着したと錯覚していました。しかし、1982年に工学部院生だったI君の10周忌を催した際に、その誤りに気が付いたしだいです。I君の話は最終回で話します。
「水俣病は終わっていない」という講義タイトルは、この授業の前身の「公害と科学」という授業の第1回(1994年)から変わっていません。その当時は関西訴訟も地裁判決や政府解決策をめぐってホットな時期でしたから、文字通りピッタリなタイトルでしたが、まさかそれが23年後の今まで続くとは残念なことです。
(補償金だけでは償いきれないのでは?)
* 授業ありがとうございました。今日はグループで、ディベートの立論について話し合いました。ディベート不安なところもあるけど、グループのみんなで協力して頑張りたいです。
水俣病の問題が終わっていないことについて、企業や行政はもっと積極的に補償に乗りださなければいけないと考えましたが、これほど長い間苦しんだ人々に対し、補償金の支払いだけではつぐないきれないのではと思いました。(J1)
→ まさにその通りですよね。お金は償いの一つだけど、患者さんが求めているのは自分たちの誤りを認めた上での誠心誠意を込めた償いです。実は最高裁で認められた関西訴訟の患者さんたちにチッソの社長は謝りにも来ていませんし、それどころか裁判所が命じた損害賠償以上のことには一切応じていないのですよ。しかも、当時の環境庁長官がその補償協定の立会人にまでなっているのに、国はチッソの約束違反を民と民の問題だと言って突き放しているのですから、何をかいわんやですね。
時代のせい?
* 水俣病が発見されていたのに、患者の救済が行われるまでに長い時間がかかったと知り、非常に悲しく思いました。1973年に補償協定ができたけど、その後は未認定患者が増えてしまいました。水俣病は明らかに日本の問題であるのに、政府も企業も消極的で、問題は長い間、今も続いています。私は、救済を一気に行って、問題を早期に解決した方が政府的にもいいのではないか、 と疑問に思いました。市民が公害に苦しんだことよりも、日本経済の活性化、つまり公害を見て見ぬふりをして企業をバックアップする風潮があったからでしょうか。〈C1〉
→ この日の交歓会でも、早めに対策と補償に踏み切っていれば、企業も国も負担が軽く済んだのではないかという話で盛り上がりました。見舞金契約の時点なら100人くらいですし、補償協定の段階でも1000人くらいでしたから、何万人にも上る現在まで引き延ばしたことで、結局、自分の首を絞めることになったのは確かですが、その負担を逃げ切るために時間を稼いでいるとしか思えませんよね。そのうち、被害者が死んで無くなるのを待っているのではと言われてもしようがありませんよね。
水俣病患者の認定
* 水俣病の問題が未だに続いている理由として、水俣病の認定基準の高さという問題があると思う。しかしこの認定基準とは水俣病の疑いがある人々に嫌がらせをするために設けられたものなのだろうか。水俣病の賠償の場合、基本的には認定を行政側が、賠償を民間のチッソが行うこととなっている。つまり、もし仮に行政側が水俣病の申請に来た患者を無際限に認定した場合、その賠償はチッソの負担となり最終的にはその負担が倒産の原因となることも考えられるのではないだろうか。そうした場合には新たに認定された人ばかりか重症度の高い人々の賠償も全て止まってしまうのであろう。もちろん理想としては水俣病を訴える患者全てに十分な賠償ができればいいのであろうが、現実としてどこかで区切りをつけないと結局は水俣病の人々全員が損をしてしまう。このようなジレンマが水俣病終結の障害として立ちはだかっているのではないだろうか。(J1)
→ 加害企業の補償能力を理由に認定数や補償額の制限を論じることは正しいのでしょうか? たしかにチッソの場合は、水俣市や熊本県の現地自体や通産省はチッソを潰さないようにという方針でテコ入れしてきました。認定率が低いのはそのせいとも言えますが、裁判による認定率と比べて桁違いなのを見てもわかる通り、未認定患者もほとんどが水俣病には間違いないのです。補償協定の時点で想定していた患者数が桁違いに増えたのは事実ですが、当時は行政の怠慢もあって実態がわからなかったからで、患者のせいではありません。チッソが払えなくなって倒産したら、国・県や関連業界などで後始末を考える話で、患者側につけを回す筋合いではないでしょう。アメリカではたばこ会社やアスベスト会社が多額の賠償金を裁判所から命じられて倒産した例がいくつもあるくらい、企業の加害責任は厳しく問われていますよ。
認定基準
未認定患者について
* 班の方と意見を出し合い、まだまだ自分の考えは浅はかだなと感じました。認定されなかった患者はとても辛かったと思います。お金の問題や、法律的な問題があったのだと思いますが、自分がその立場なら、国に見捨てられたのだなと感じてしまうと思いました。患者達の心の中では水俣病は一生終わらないのではないかと思いました。(N1)
→ 症状が消えて元気になるわけではありませんものね。そのうえ、補償金欲しさのニセ患者呼ばわりされたら、そここそ傷ついたままで一生を終わらざるを得ません。
厳しすぎた認定基準
* 前回の授業を受けて水俣病患者に対しての救済について学んだ。水俣病の政府公害認定後、法律に基づく認定・補償へ進むと思われたが、実際は水俣病患者であることを申請しても認定されるのが困難な状況であった。それは水俣病の認定基準が厳しかったからである。このことについて、もし本当は水俣病でない少数の人が誤って水俣病であると認定されることがあったとしても多数の水俣病患者が救済されることができるのであれば、認定基準を積極的にゆるめるべきだと思った。(M1)
→ 水俣病かどうかの判断を100%間違いなく行おうとすれば、詳細な診断や検査と長期にわたる観察に加えて、過去にさかのぼる居住歴や摂食歴や健診記録など、膨大な調査が必要で、それでも不明な部分が残るのは避けられません。それをどの程度の蓋然性までで判断するのかが行政上の「認定」という行為ですが、現在の認定基準では申請者の1%も認めないのですから、おかしいのは明らかです。その後の専門家による調査研究の結果を無視し続けているばかりか、司法認定率の60~90%とも大きな違いがあることまで無視し続けているのは異常の限りですが、それだけ水俣病は公害問題の関ヶ原だと思っている証拠です。
水俣病の教訓
水俣病の残した教訓について
* 水俣病公式認定、救済措置として行政や企業はなにをすべきだったのかということについて、これ以上の被害拡大を防ぐためにも漁業制限や環境回復までの間の安全な生活の確保(避難の支援など) に全力で取り組むことだと私は考えました。他のグループの意見のなかで印象に残ったのは、同じ災害を繰り返さないための研究、というものです。さまざまな想定外の事態を招いてしまった、いまも認定を求める人がいる、
残した教訓が公害の原点たるゆえんだと考えました。(J1)
→ 水俣湾の漁獲制限は遂にされずじまいでしたし、水銀による環境汚染対策も欧米諸国の後塵を拝しています。
同じ災害を繰り返さないための研究やそのための活動ですが、日本ではそれを支えるための資金と人が圧倒的に非力です。企業や行政側が予算や人員の確保に事欠かないのに対抗するためには、被害者の視点に立った学際的な草の根の人の繋がりと市民からの支援がこれからの課題でしょうね。
水俣病の教訓
* 「水俣病」と聞くと高校入試の社会科のために名前と原因物質を暗記した程度でした。何か毒物を流した悪い会社があって、それによって人々が被害を受けた、くらいの認識でした。しかし木野先生の二回に渡る講義によって水俣病の責任は企業だけにある訳ではないという事、その全体像が自分の中でハッキリとした輪郭を持って浮き彫りになってきました。
人間は、この世に起こりうる全ての科学的事象を知っている訳ではないので、実行前には予想出来なかった化学変化等により実は人体に害のあることが後になって判明する、というような事は必然と言えるかもしれません。今後も起こり得ます。しかし、大切なのはそのような事態にどう対処するか、です。迅速に適切な対応を被害者にするのか、あるいは虚言、虚構、責任の押し付け合いによって被害者の心身を傷付けるか。水俣病の一連の事件(事件と言っても間違いではないと考えます)がこれから先科学と生きてゆく我々に与える教訓の重さを、より多くの人が認識するべきだと感じました。(M1)
→ 水俣病はまさに「事件」ですよね。事件とは故意に行う犯罪で、事故とは過失で起こったことを指しますが、チッソは有機水銀説が出てからも有毒排水を流し続けたわけですし、国・県もそれを知りながら不作為の違法を続けたわけですから、明らかに企業犯罪ですし、その犯罪を隠匿したという意味でも行政の犯した事件です。
水俣病は公害の原点
忘れてはいけない公害
* 水俣病が「公害の原点」と呼ばれる理由は、多くの住民に被害を与えた点、公害と言われてまず思い浮かべる大気汚染や土壌汚染ではなく「食物連鎖による濃縮」という特殊性、有機水銀説の反論になる原因説の登場などによって原因究明、公害認定、補償が大きく遅れた点、これらの3点を忘れることなく教訓として忘れてはいけない公害だからだと思いました。
2回の授業を通して、被害者は今も存在し水俣病は終わっておらず、今も闘っている人がいることを知り驚きました。小学校、中学校の授業では既に解決した“過去”の問題という印象が強かったからです。まだ終わってないという面も教科書でもう少し強調してもいいんじゃないかと思いました。(M1)
→ 小中学校の教科書には検定という関門がありますから難しいのでしょうね。それより書いている人もよく知らないのかもしれません。関心を持つ先生がおられる学校では、患者さんを呼んで生徒に話してもらってるというところもありますよ。
なぜ水俣病は公害の原点と言われるのか
* 水俣病に関する第2回、第3回の授業を通じて、第3回のレジュメの7項にある「水俣病は公害の原点と言われる」のはなぜかについて自分なりに考えて見ると、水俣病は高度経済成長期に日本で起こった四大公害病の1つで、患者たちが患者運動や補償要求、訴訟などの行動を起こし、国や行政、工場までを巻き込んだきわめて重大な社会問題であり、はじめは全く動かなかった国や行政、工場を患者たちの行動によって、やっと動き、国が公害認定をし、認定基準を定め、補償が行われ、公害というものが何かを定める基準を作り、公害に関する法案を作るという行動のきっかけになったからではないかと思った。(S1)
→ その通りですが、それらが水俣病以外の公害事件でも必ずと言ってよいほど見られる構図だからです。水俣病で理解したその構図を頭に入れてから他の事件を見ればすぐわかりますよ。
水俣病が公害の原点と呼ばれる理由
* 私は主に二つの理由から水俣病は公害の原点と呼ばれていると思います。
まず、水俣病は日本で起こった大きな公害病の一つであるからだと思います。高度経済成長の中で、利益を求めて環境を配慮することを怠ってしまうのは、公害の原因となる代表例でもあります。
次に、水俣病の公害認定への流れや、認定基準の問題など、水俣病の後に起こった公害病にも当てはまることがその当時に問題になったからであろう思います。
この授業を通して、しっかりと水俣病について学び、他の公害病にも目を向けてみるのもいいかな、と思います。(J1)
→ その通りです。言い換えれば、水俣病問題は日本の公害や環境問題の関ヶ原にされたということです。ここで負ければ当時だけでなく以後の日本の公害・環境問題の先例となるということで、経済成長の足を引っ張らないようにと手を変え品を変え企業負担を低く抑えるために奔走し続けているというのは現在も変わりません。福島原発事故後の対策も悪い意味で水俣病を教訓にしているとしか思えませんね。
公害の原点と呼ばれるのも納得
* 国や県、企業の無責任極まりない対応の仕方に腹が立った。もっと早くに漁獲禁止や排水規制をしていれば被害は小さくて済んだと思う。しかも、水俣病と判断する基準をわざわざ厳しくしたりして認定出来ないようにするなど、被害者やその遺族の思いを踏みにじるような行為にやるせない気持ちになった。
高度経済成長のための犠牲なってしまった命の積み重ねの上に今があることを、しっかり受け止める必要があると思う。これらのことを初めに考える契機になったことから公害の原点と呼ばれることにも納得がいく。(J1)
→ その通りですね。「原点」というと、物事を考えるときの出発点ですから、二度と同じ過ちを繰り返さないという強い意思表示が含まれていますよね。「教訓」という言葉もよく使われますが、こちらは「原点」に比べれば軽く感じられます。
ミスから学ぶ
* ここまでの2回に渡る水俣病の授業を受けて思った水俣病が公害の原点たる理由は、ミスの多さにあるような気がします。例えば、企業や行政の対応のミスや、水俣病に罹った人々の企業や行政への(初期における)訴え方のミスなどが挙げられるでしょう。こういったミスの多さのために、水俣病について学ぶと、様々な公害に共通するであろう多くの対応や対処の仕方が学べることが水俣病が公害の原点である所以ではないでしょうか。我々は、水俣病という大きなミスから多くを学び、このようなことが2度とないような社会にしていかなければならないと考えます。(M1)
→ 原点という意味はまさにそこから学ぶということだから、その通りです。患者の側の訴え方のミスというのもわからないではありませんが、具体的には何を指すのかな? 見舞金契約になったのは知事に斡旋してもらったからだということかと思いますが、当時、奇病騒ぎで四面楚歌だった患者さんらを支援する人たちはいなかったのですからミスというよりもどうしようもなかったのです。でも、公害認定後、川本さんや支援の人たちが現れてからは、様々な訴え方を始めましたから、そういう意味ではミスに学んだと言えるかもしれませんね。それに比べて、企業や行政はミスの上塗りを繰り返してきたのですから、未だにミスに学んでいないというべきでしょうね。
これまで水俣病について学んで
* 「水俣病は未だ終わっていない」という言葉が強く印象に残っています。戦後、急激な経済成長を遂げた日本ですが、その影にはたくさんの被害者がいることがよく分かりました。特に、国や行政の対応の不手際には憤りを感じました。水俣病が公害の原点と言われるのは、やはり工場の排水が近隣の住民にもたらした被害が甚大だったからだと思います。そこから、現在の日本全体で言われている環境問題に繋がっているのだと思いました。
P.S ブログの、URLを送って頂き、ありがとうございました。もう一度授業内容を整理し、復習することができました。(E1)
→ 被害者の数が膨大(正確には今も不明)なことはもちろんですが、水俣病がいまだに終わっていない原因を辿れば、他の公害でも起こっていることと共通する構造が見て取れるからです。水俣病がなぜいまだに終わっていないかを学べば、他の事件でも同じやり方が繰り返されていることがすぐわかります。福島もそうですよ。
スライドを載せたブログのURLは見たいとメールしてきた人に教えています。これまでに竹本さんをはじめ何人かからメールをもらいましたが、活用してもらえれば作った甲斐があります。
水俣病が終わらない理由
(時代背景も絡んできている)
* 今回の授業のポイントの1つは、水俣病問題が現在でも終わらない理由はなぜか。というものですが、授業を聞き、ディベートで意見を交わした末に、高度経済成長期の日本の考え方が欧米列強に追いつけ追い越せというものであり、水俣病の基準や見舞金の問題に十分頭が回ってなかったからだと思いました。また、第一次オイルショックによる高度経済成長の終焉により公害患者が切り捨てられたことも事実です。
企業と行政は水俣病の基準を設けることの他に、治療費の援助やすぐに排水を止めることなどの対策も取れたはずです。ですが、そうしなかった理由には時代背景によることも絡んできていると考えました。(M1)
→ 水俣病の基準は公害認定後、一応設けられましたが、認定患者を絞るために厳しい条件を次々と課していったことが最大の問題です。患者の救済と経済の発展を天秤にかけること自体が間違いで、人の命と健康は何物にも代えがたいわけですから、それを最優先にした上で経済発展の道を探るべきだったのではないでしょうか。少なくとも高度経済成長期であれば、その余力はあったはずですよね。
(水俣病の問題が今にまで続いているのはなぜ?)
* 今回の授業を受けて、水俣病が発生して新日窒側も責任があることがわかっているにもかかわらず、最初に患者と契約する時責任を認めず後に原因が明らかになっても責任をとらないという自分達に都合よくもっていこうとしているのが本当に腹立たしく情けなく感じました。またこの時点で行政が法整備をしてつぎに起こらないように、これ以上被害がおきないように早急の対策をするべきだと思いました。
その後誤った報道や行政と司法の対応の差などにより最終的には政府が動き出しその政治決着をも覆され、行政、司法、政府、患者、それぞれに主張があり完璧な解決には程遠くその結果水俣病の問題が今にまで続いているんだと思いました。(M1)
→ 客観的な描写ですが、責任逃れの企業が引き起こした水俣病の後始末に乗り出した政府の政治決着がうまく行かず、それぞれの主張が合わないのが今も続く原因だというふうに聞こえます。水俣病事件をここまで混迷に追い込んだのは企業だけでしょうか? 最高裁で行政の責任が確定したということは、水俣病を引き起こしたのは企業だけではなく、行政の不作為も共犯であることが確定したということです。政治決着で水俣病が終わったのではないことを司法が認めたわけですから、今にまで続いている主因はどこにあるかは明確だと思いますが。
(なぜ今まで…?)
* 今日の授業では公害はまだ終わっていないということについて考えました。水俣病が発生しても、それに対処しようとするどころかその事実を否認する行政は、全く行政の責務を果たそうとしていないと思いました。また、第一水俣病の時点でもっとスムーズに原因を認めて規制基準をつくっていれば、公害が発生した海での魚介類の漁獲を規制していれば、少なくとも水俣病患者の数はもう少し減っただろうし、さらなる水俣病は発生していないかもしれなかったのではないかと思います。(M1)
→ 患者の救済と漁獲禁止や排水規制を早く実施してればこんな大事件にはならなかったことは誰の目にも明らかでしょうね。なぜ、それができなかったのでしょうか。誰もが知らぬふりをしたとは思えませんよね。誰かが気が付いてやろうとしたのでは? でも変えられなかったとすればなぜ? 謎は深まるばかりですよね。
国民としての対応
* 企業も行政も水俣病患者の救済という大きな課題から責任逃れしようとしたため、水俣病患者はなかなか補償を得られず、解決がずるずると長引いてしまい、今に至っているということにすごく驚きました。起きてしまったことを悔やんでいても結果は変わらないのだから企業や行政の立場からではなく国民として一丸となり、迅速に行動すべきだったと思いました。水俣病問題が公式確認から61年経っても終わらない理由は、加害者側も被害者側も納得する解決法がないのではないかと思いました。どれだけ多額の補償金を与えられても自分が被害者側だったらたとえそれが作為的な事故ではなくても許せないことだなぁと感じるからです。(N1)
→ 事件は長引くほど問題をこじらし、納得のいく解決が難しくなるというのはその通りだと思います。逃げ回る犯人を罰し、誤らせるのは、社会の秩序を保つために公権力を与えられている行政と司法の役割です。しかし、水俣病ではその行政も加害者の片棒を担いだのですから、行政にお灸を据えるのは国民と司法しかありませんよね。ただ、国民の持つ最大の権力は選挙権ですが、水俣病だけで投票するわけではありませんから、市民運動などの間接的な手段しか取れません。でも、それで世論が高まれば行政に自制を促すことくらいは可能ですよね。
組織と人
利己的な企業と行政
* 講義、ありがとうございました。水俣病に関する2回の講義を受けて、抱いた印象は、チッソと行政がひたすら利己的に行動していたという点です。
チッソに関しては、最初は公害の事実すら認めず、認めた後もいかに補償金を少なく済ませるかに全力を注いでいたように感じます。企業とはあくまで利潤の追求をする団体ですから、補償金を少なく済ませようとするのは当たり前のことかもしれませんが、補償から逃げ回る姿は長い視野で見ると、人々のチッソに対する感情を悪化させるものとなったように感じます。チッソとしても、患者としっかりと向き合っていた方がチッソ自身のためにもなったのではないかと思います。
そして行政は本来、企業が利己的で周りに害を与える行為をした場合、ちゃんと指導するべき機関であるはずです。しかし、行政もチッソと共に公害を認めず補償金を少なく済ませようとしていました。企業と行政とが被害者の声を封殺しようとしたように思います。
こんな構図は、足尾銅山鉱毒事件でも見られたように思います。
企業や行政の中に良心を持った人がいて、圧力にも屈せず行動できる人がいたら、公害は防げたとまでは言わなくても、事態はまだ軽くなったのではないかと思います。そして、私達も経済的豊かさのみに執着して他を犠牲にすることがないように、意識を持っておく必要があるように思います。
改めて、講義ありがとうございました。(J1)
→ 公害や環境問題に対する企業や行政(企業側に近い政権のもとでの行政)の姿勢については多くの人が指摘するように、補償や対策の費用をできるだけ少なくし、経済発展の足かせにならないように、被害を小さく見せ、お金をかけないことを最優先にしてきたことは否定しようがないでしょう。
ただ、その企業も国も組織ですが、それを動かすのは人ですから、その中に良心や見識を持った人はいなかったのかという視点は重要です。この授業では、そこに注目し、これから組織の中に入っていくみんなに、自分はどういう人間になるのかを学生の間に考えてほしいのです。
水俣病でも、誰もいなかったわけではありません。チッソの中ネコ実験をした細川一医師をはじめ何人かの工場技術者、食品衛生法を使って汚染魚を止めようとした熊本県職員の話もしましたが、他にも何人もおられます。ただ、組織の方針を変えさせるところまでは行きませんでしたが、これからはそういう人たちを支えて一緒に変えていく努力が求められているのではないでしょうか。
組織の恐ろしさ
* 私はここ3回の授業を受けるまで水俣病の認定や賠償には、いくら時間がかかったと言ってもせいぜい4、5年かなと思っていました。しかし今回の授業の予習の時にたいへん驚きました。企業も行政も、自分の責任のことしか考えず、患者のことを考えていない。それが続きに続いて、61年経った今も完全な解決に至っていない、これは由々しき事態だと思います。この授業で一気に、企業と行政、それに公害の恐ろしさを感じました。(J1)
→ 61年というのは公式発見から数えた被害者の年数ですよね、患者の一人ひとりにとっては、まさに長い年月で、すでに1/3の患者は亡くなっておられますし、10年か20年後には生存患者もおられなくなることは目に見えています。しかし、企業や行政の当事者は次々と担当部署や役職が変わりますから、被害者が相手にする人はいつも後任の人ということになります。つまり、企業や行政の直接の当事者は数年で姿を消し、後任の人も数年でさらに後任の人と入れ代るのです。だから、企業や行政の担当者は自分の任期中だけ持ちこたえればよいわけですが、患者の方は死ぬまで誰とも交代できません。61年の重みとはそういう意味でもあります。
水俣病の授業を受けて
水俣病は終わっていなかった
* 水俣病の患者の話は今でもテレビで見ますが、賠償金や裁判については既に終わったものだと勝手に思っていました。しかし、実際はまだ続いていて、授業を聞いていても政府や企業の責任逃れに怒りを覚えざるをえませんでした。自分が勝手に終わったものだと認識していても、実際は解決していないことも多くあることを知り、多くのことに興味を持ちたいと思いました。(J1)
→ 水俣病の認定申請自体がまだ続いていることを考えれば、終わっていないことがよくわかるでしょ。でも、政府による二度の政治和解への申請はもう打ち切られています。最終解決策と言われたあの和解は、結局、今手をあげない人は打ち切るという宣言でもあったのですよ。いろんな事情で手をあげなかった人はもちろん少なくないでしょうに。
二回の講義を踏まえて
* 水俣病に関しての講義を終えて、行政も企業も補償責任を果たしているとは思えませんでした。分社化や2010年のチッソの会長の発言からも、企業としての責任を誠実に受けとめていないことが表れているなと感じ、とても残念です。
また、当時の経済成長の状況下では致し方ないと言うような発言もありましたが、その経済成長もより国民が豊かに、幸せになることを目的に努力しているのではないでしょうか? そのことを忘れ、利益だけを追い求める… 本末転倒も甚だしいと思いました。(H2)
→ 経済成長で国民が豊かになるとよく言われますが、みんなが平等に豊かになるわけではなく、先に豊かになる人といつまでも豊かに慣れない人の格差はむしろ広がることの方が多いのは歴史が示す通りです。高度経済成長期なら患者救済や環境対策にまわす経済的余裕はあったのにと今ごろ悔やんでも後の祭りですが、あの経済成長の陰で犠牲となった人々を不況になればまるでお荷物かのように扱うのだけは許せませんよね。
(自分たちの事しか考えていない)
* 今回の講義で印象に残ったのは、水俣病患者への責任や救済から逃げようとする、国や県や企業のことでした。最高裁で判決が決まった後でも患者の要求を拒否したりしていて、信じられないなと思いました。患者らの気持ちを少しでも考えれば行動できることはたくさんあるのに、企業や行政は自分たちの事しか考えていないんだなと感じてしまって残念な気持ちになりました。(J1)
→ 水俣病患者に対して国や県や企業がやったことはその通りですが、「企業や行政は自分たちの事しか考えていない」というと、組織と個人の問題がごっちゃになってしまいかねません。行政も企業も組織ですが、その中の一人ひとりは個人ですから、自分が何をすべきかを決めるのは最終的には個人です。個人の考えまで組織が立ち入ることはできないはずですが、多くの人が組織の考えを「忖度」してきた結果、こうなったということですよね。
執念
* 今回の講義を聞いて水俣病の被害者の方々はすごいなと思いました。もし、自分がおなじ立場なら、すぐに訴訟を諦めていたと思います。それを何十回も何百回も繰り返すのは、とても勇気ある行動だと思いました。企業や行政に対する怒りや執念などがひしひしと伝わってきたように感じました。また、命あるうちにとお金を受け取った人がいた中でたった数十人で戦い抜いた関西の訴訟闘争はとてつもなく格好いいと思いました。(T2)
→ 裁判って確かに面倒で、時間はかかるし、弁護士費用も含めて訴訟費用も大変です。一審(地裁)だけでも7年くらいかかりますし、最高裁まで行った関西訴訟は22年もかかっています。関西訴訟は格好いいと思ったとのことですが、関西訴訟の原告患者の人たちが和解を蹴ってまで裁判を続ける道を選んだのはなぜだと思いますか。決して格好よく闘ったのではなく、そこまで追い詰められていたということです。
2回の授業を受けて
* 水俣病問題でここまで被害者の方々が苦しんでいるとは知りませんでした。私の周りに被害にあわれた方はいなかったのでニュースで水俣病問題が取り扱われていても特に気にせず、自分から情報を集めることもなかったからです。
国や企業が被害者の足元を見るような解決策を提示するのは卑怯だと思いました。被害者は長年国や企業と闘ってきて精神的にも金銭面でも闘い続けることが難しい上、生きているうちに補償を受けたいという気持ちがあるのをいい事に低い金額をばら撒いて水俣病問題を終わりにしようという姿勢。これを受け入れた被害者の気持ちを思うと胸が痛いです。(J1)
→ 本当にその通りです。後で関西訴訟が最高裁で勝訴し、再び申請が殺到しましたが、最初の政治決着に応じた人たちはもはや再申請や再提訴もできないので、歯がゆい限りだったことでしょうね。
責任から逃れるために
* 今回の講義で一番印象深かったのは、国、県の行政やチッソの諦めの悪さです。裁判の判決や環境庁の通達で、より積極的に患者救済を行うように勧告されているにもかかわらず、国やチッソは補償を避け続けています。『そこまでして認めたくないのか』と驚きました。企業が発展するために会社のイメージをおとしたくなかったのだろうというのは想像できます。しかし、悪あがきを続けている方が印象は悪くなると思います。それでも逃げ続けているのは、口は悪いですが、正直バカじゃないのかなと思いました。(J1)
→ チッソが一貫して補償を渋ってきたことは事実ですが、国もチッソが負けるとドミノ倒しのように他の公害企業も困るのでチッソを支え続けてきたということです。さらに、チッソは財閥ではありませんが、野口氏が東大出身でエリート技術者が多く、戦時中は軍需産業として重宝され、水俣病時代になってからの江頭社長の孫が皇太子妃(雅子さん)になるなど、意外に国にとっても無視できない存在なのですよ。チッソの企業イメージは確かに悪いですが、分社化でJNCと言われるとまさに「水俣病の桎梏から解放された」と言いたいでしょうね。実はバカじゃなかったのですよ。
(裁判所の存在と判断が重要になってくる)
* 裁判所の存在とその判断がこのような状況ではかなり重要になってくると感じた。今までは教科書的に知っていた知識がこのようなケースを知ることで事実を感じることができた。企業のケツ持ちとして国がある背景が読み取れた。又、細かいところの交渉力で大局が大きく変わる様子がチッソの分社化で感じた。やはり、企業には限界がある。(C3)
→ 水俣病では幸いにも関西訴訟の最高裁判決までこぎつけたので司法の存在がクローズアップされましたが、そこに至るまでは勝ったり負けたりの連続でした。また、裁判で良い判決を引き出すには、裁判官の心を動かす患者の粘り強い闘いと世論の盛り上がりが不可欠です。
第3の水俣病について
* 第3の水俣病が存在していたことを初めて知りましたが、なぜ小中高の教科書には載っておらず、教員も生徒に伝えることがないのでしょうか。(E1)
→ 誤解をしないでほしいですが、第3水俣病が確定したわけではありません。その存在をめぐって国は否定しましたが、存在自体は今も不明のままだということです。熊本大学の初期の調査は存在の可能性を示していますが、その最中に荒波に飲まれ、調査は打ち切られたからです。
ただ、あの事件の報道がきっかけで水俣病の認定が厳しくなったのは事実です。
(誰にも頼れない)
* 今回の授業で思ったことは国であろう、企業であろう誰にも頼れないてことである。頼れるのは自分であると思いました、そのため、奮闘しないと思いました。私の叔母が電車で痴漢が発生し、幸い他の人がその人を捕まえしかし、相手は逃げようとするため彼は犯人を投げ技で犯人を地面に打ったつけた。それで犯人は骨折した、しかし警察は犯人は田舎からきたばかりで、怪我もしてるなら訴えるのをやめたらと叔母に言った!叔母は警察は何もしてくれないと言ってまたした、私もそうであると考えている。授業で国がこのようであるから、責任は誰も取りたがらない。だから普通の手続きではなかなか相手してくれないため、強行手段を取るべきだといつも思っている。私はその点では韓国人に見習わうべきと考える。(L2)
→ コミスペは送信された文章を原則そのままで載せますので、送る前によく推敲してください。一字くらいなら直してあげることもありますが、今回はあまりにも多いので原文のままにしました。
叔母さんの話と水俣病の話を一緒にするのは短絡過ぎませんか。強硬手段というのが何のことかわかりませんが、韓国人云々はさらにわかりません。
これからの授業も頑張ろう
予習について
* 毎回授業の予習があるおかげで、授業内容に興味がわき、毎回授業がとても楽しいです。私は、ノンフィクションや説明文などの難しい文章を読むのが嫌いで今まであまり読んでこなかったので、要約をするのはとてもしんどいです。でも、そういった難しい文章を読むことはこれからも必要になると思うので、これからも頑張りたいです。(N1)
→ 要約は字数だけ埋めればよいというわけにはいきませんから、内容を理解し、整理する力が求められます。でも、それは就活のエントリーシートや社会に出てからの企画書や報告書などあらゆる場面で求められる能力です。この授業では要約がうまくできたかどうかは、その日の授業がどのくらい理解できたかですぐ自己評価できるはずです。
初めての顔合わせ
* 先週、ディベートの同じ班の人がおらず、1人で授業を受けたのでとても不安でした。でも、今回から、班のメンバーと顔合わせをすることができたので嬉しかったです。2人ですが、協力して、しっかりとディベートに向けて準備を進めていきたいなと思います。
水俣病に関しては、責任の押し付け合いにより、患者の救済に時間がかかったことにとても腹立たしかったです。同じ公害問題が発生しないためにも、私たちのような若者が、しっかりと水俣病の公害の過程を理解していかないといけないと思いました。(J1)
→ 第2回の授業では初回の出席者で3人班を組んだのですが、2人になった班が半分にもなり、運悪く1人になった班が二つも出てしまい、私が言うのもおかしいですが、ごめんなさいね。もうこれ以上メンバーを変更することはできませんので、お互いに迷惑をかけないようにメンバー間の連絡を絶やさないでください。
補償の難しさ(期限遅れにつき、コメントなし)
* 今回の授業で、患者さん達への補償をする事が一筋縄ではいかない問題なんだと改めて実感しました。企業や行政がしなければいけない補償をなかなかせずに、被害が拡大したのは、やはり企業や行政に責任があるなと感じました。見舞金契約などの患者を軽んじているとしか思えない補償などはありえない事だと思いました。もう二度とこんな惨劇が起こって欲しくないなと強く思いました。もし起こったとしても、しっかりと補償をしてほしいと改めて思いました。(J1)
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