2017年7月27日木曜日

第5回コミスペ 「公害と労災職業病」

第5回コミスペ 「公害と労災職業病」(2017.5.26)を受けて

Communication Space
  今日の授業は5月連休の振替授業日のため、前回授業から4日間しかないうえに、今日のディベート大会の準備で忙しかったのか、前回授業へのコミスペは少なめでしたが、コミスペは大事な振り返りですので、そのつもりでね。
 いつものことですが、メールの件名は「コミスぺ」とし、本文の冒頭に自分で「見出し」を付け、末尾に(学部・回生・氏名)を書いてください。( )付きの見出しは、私が付けた印です。今度の分も明日17時までに出してね!

ヤシの木
* 学校のヤシの木が伐採されると聞いて驚きました。入学してきた時、立派なヤシの木がたくさん生えていてハワイぽくていいな~と思いました。伐採されるなんて残念です。今のうちに見納めておきます。(N1)
→ 私が入学した頃は背丈ほどでしたので、今のようなヤシの木とは思いもせず、普通の植樹と思っていました。折れもせず、葉の落下で事故も起こさず、半世紀で見事な名物樹にまで育ったのは想定外の驚きです。伐採はやむを得ませんが、できたら二代目の植樹も期待したいですね。ディベートの後、お別れ会に行ける人はどうぞ。
マンガン中毒について

マンガン中毒とパーキンソン病
* マンガン中毒の症状で、縮字症と仮面様顔貌というものが気になりました。縦に字を書いて行くとだんだん字が小さくなると聞いて、脳の中で字を同じ大きさで書くための部分が他とは別にあることに驚きました。テレビでパーキンソン病を少し見たことがあったので、仮面様顔貌という症状を知って、似ているなと思いました。パーキンソン病の原因とマンガン中毒の共通があるのだろうか、と興味を持ちました。〈C1〉
→ マンガン中毒はマンガン・パーキンソン症候群といって、いわゆるパーキンソン病と同じく神経経路の錐体外路の障害による症状の一種ですから、似ているはずです。よく気が付きましたね。

労災職業病の講義を受けて
* どんな職種でも労働者がまっさきに被害を受けると思っていたのですが、水俣病では違っていたことを知りました。地域住民からの苦情に対処しようとすることで、返って労働者たちの労働環境が悪化してしまうこともわかり、納得したと同時にこんな当たり前のことを今更ながら気付かされました。
 当時、水俣病がマンガン中毒と間違えられた原因に錐体外路症状があげられていましたが、調べてみたところ現在ではこの症状はパーキンソン病の代表的な症状だそうです。当時は錐体外路症状はマンガン中毒の代表的な症状としてあげられていたのでしょうか。(J1)
→ 上の飯野さんに答えたように、その通りです。ニッポニカでは「マンガンの鉱石や酸化マンガンの粉塵の吸入が続くと、3~6か月で無気力、無関心、食欲減退、不眠症などの軽度の精神症状が現れ、やがてパーキンソン症候群とよばれる神経症状、すなわち、表情が笑っているようにみえる強迫笑、足を踏み出すと止まらなくなる突進症、字を書かせるとしだいに小さくなる小字症などがおこる。このほか、言語障害、手足の震え、けいれん、精神錯乱などの症状もみられる」と説明されています。

水俣病とマンガン中毒の類似点
* 水俣病とマンガン中毒の類似点は平衡機能障害、歩行障害、パーキンソン症候群などの症状があると思います。水俣病の原因がマンガン中毒だと間違えたのは、水俣病の食物連鎖による有機水銀の濃縮を推測するのが難しく、マンガン中毒は日本ですでに報告されていて知られていたからだと思います。
 企業と住民の関係を良くする方法は、会社周辺のゴミ拾いをしたり、その他様々な活動を通して、住民の方とのふれあいの機会を増やすことだと考えます。(M1)
→ 要するに、歩行や話し方などの動作の障害が似ていたということでしょうね。似たような病気はいろいろあるでしょうが、当時の時点では、早くから知られていたマンガン中毒が医師の頭に最初に浮かんだのだろうという推測は当たっていると思います。有機水銀のハンター・ラッセル報告はまだよく知れ渡っていませんでしたから。
 企業と住民の関係を良くする会社側からのアプローチはその通りですね。労働者側からのアプローチはもう少し深い関係を目指すことも可能でしょうね。
植田マンガンの被災労働者たち

マンガン中毒の方(かた)を見て
* マンガン中毒の症状は言葉での説明ではいまいちイメージしにくかったので、今回の授業の映像は有難かったです。歩くことを止められず転倒してしまう、という症状でしたが、普通に日常生活を送ることも難しいであろうことを思うと、胸が痛いです。
  マンガン中毒の被害に遭われた方やそのご家族の闘いは厳しいものだったのでしょうが、その苦労が最後に報われて嬉しく思います。改めて司法が公平であることの大切さを感じました。また、堀内さんが勝訴後に涙を流しながら話していたことには、胸を打つものがありました。(J1)
→ あのTVニュースの中で流された森川さんの突進・転倒の動画は、実は私たちが支援の会で作った自主製作の「マンガン中毒」と題した8ミリフイルムから提供したものです。その映画は大阪地裁の法廷でも原告患者の証人尋問に先立って上映しました。
 堀内さんの思いは、あの地裁判決の後に書かれた「泣き笑い、共に歩まん友を得て」(38頁下段)の中に凝縮されていると思います。堀内さんはあの判決が上級審で確定しなかったのを知らないまま亡くなられましたが。
 (共に歩まん友を得て)
* 今回の授業では、マンガン中毒についての歴史的背景やその被害者達について学びました。僕の心に特に印象づいた事は、マンガンの毒を認めない植田社長や裁判と闘い、疲労困憊しているであろう被害者の堀内さんのセリフでした。マンガン中毒の被害にあいながらも、共に闘う仲間を得た喜びや心を豊かにして死にたいという信条に感銘を受けました。(M1)
→ うん、上の宮崎さんと同じく、堀内さんの言葉に感銘を受けたようですね。私も堀内さんと親しくなったのは、1974年10月の植田マンガン廃業後で、森川さん夫婦が1971年まで働いていた堀内さんも(体調が)おかしいでと言ったのがきかけで労災申請(1974.11)をすることになってからです。翌1975年3月に初めて森川さん夫婦と堀内さんが植田社長宅を訪れ、交渉が始まり、あの謝罪確認書に至ったわけです。その後、宮路さんも加わり、企業と労基行政の責任問題に発展し、裁判にまでなりましたが、その間にわずか5人で組合を結成し、堀内さんが委員長、宮路さんが書記長を務められました。私にとっても5人は忘れられない「友」でした。

マンガン中毒事件
* 今回のある町工場のマンガン中毒事件は大阪で起こった事件であるので他の公害病よりは自分にとって身近に感じる事件だった。今まで習った公害事件はどれもまず初めは事件の当事者達が公害や被害、中毒性などを認めない姿勢があると思った。社長の「マンガンに毒はない」というビラを勝手に一万枚ばらまくという行為はさすがに引いた。
 この後に森川さん夫婦らが直接交渉して社長にマンガンの毒性を認めさせ、謝罪をさせることができたのは、もちろん初めから認めるのが一番でしたが、まだ良かったのかなと思いました。(T1)
→ 大阪で起こっただけでなく、検診に携わった医師や、当時の府知事までが大阪市大の関係者だったのですから、もっと身近だったはずですね。
 森川さんらの直接交渉でマンガンの毒性を認めたのは廃業後だったからとも言えますが、実際に私も交渉に参加した時の印象では、ちゃんと話せば操業中でも認め察せることはできたのではと思います。もちろん、公害は認めなかったとしても、労災は国が認定してるのですから、あのビラ事件に対しては町工場の経営者に対する国の注意指導があってもよかったのではと思います。
公害と労災職業病

労働者と住民
* 今回の講義を受けて、労働者と住民の間で良好な関係を築くことはなかなかに難しいことを感じました。それと同時にどうすれば少しでもその関係を良好にできたのかを考えました。一番に挙がるのは労働者は、携わっている事業の危険性を具体的に住民に知らせ、それに対しての住民の意見を知ることなのではないかと思いました。そこでもし住民側が危険だからやめてほしいと要望するなら、一度立ち止まってみることも必要で、そういう手順を無視したために公害事件までに発展したと思います。(M1)
→ 労働者が自分の会社の危険性を住民に知らせてくれれば公害防止につながることは確かですが、それには勇気がいるだけでなく、自分の身を危うくする恐れもあり、なかなかできることではありません。望ましいのは労働者の中でその危険性を話し合い、同じ思いの仲間で会社や住民と話し合う組織を作ることです。職場における危険性は労働者の労働環境に関わることですから、労働者には組合結成という権利も認められています。住民に危険性があるなら労働者にも危険性があるわけで、住民と労働者が一緒になって取り組める可能性は十分ありますよね。

住民と労働者の対立
* 今回の授業ではマンガン中毒事件をめぐっての国や企業、その周りの住民の動きについて学びました。公害発生時の所轄は環境省であるのにたいして、労災職業病の所轄は厚生労働省だったり、規制法もそれぞれ違うなど、被害者の違いで扱われ方も大きく変わっているということが分かりました。裁判の証言で、労働者が妥協の度を過ぎた環境で働かされていたということが読み取れて、今の日本でも、特に原子力発電所などに当てはまる部分もあるかもしれないと思いました。労働者と住民の亀裂をなくすためには、工場のメリットや企業の理念を早く理解してもらうことと、説明責任がきちんと果たされることが重要だと思います。(J1)
→ 住民に対して労働者が工場のメリットや企業理念を話すだけで、公害や職業病が起こったときの労働者と住民の亀裂をなくすことになるでしょうか? 工場内でどんな仕事をしているのか、住民や労働者にとって危険な物質や作業はないのか、あればその対策をどうしているのかなどを話し合えれば、それこそお互いの信頼関係が築けるのではないでしょうか。

労働者側
* 今までは公害の被害者としての住民側のことを講義で受けていたが、今回は公害を起こした工場で働く労災職業病の被害者としての労働者のことを聞けて良かった。労働者にも自分の立場があって、労働者として職場を失わないように「生活を奪うな」と公害の被害者と対立してしまうなどいろいろ辛いことがあったと思った。本来はお互い被害者の立場であり、早急な解決に向けて協力し合わないといけなかったのにそう出来なかったことは本当に残念で、それがきっと解決が遅れた1つの原因で、公害の早期解決の難しさなのかなと思った。(T1)
→ 住民も労働者も被害者なのに、お互いに協力し合うどころか、職をなくすかもしれないという労働者側の反発で対立する場合もあるというのは悲劇ですよね。お互いを理解し合う関係をいきなり作るのは至難の業ですから、日常からせめて話せる関係になっておくことが教訓ですね。

知らないでは済まされない
* 今回の授業で初めて、労働災害と公害病というものに関係がある事件を知りました。今までは、水俣病とかは公害病としか認識していませんでした。すなわち、街の住人などの工場などとは関係のない人たちが被害を受けているのだと思っていました。でも、働いている人たちにも被害があるということを改めて実感しまし た。自分がもし、そういう環境にいたら、被害が出ていることを知らないでは済まないことだと感じました。(J1)
→ 住民にとっては公害を起こした会社で働いている人は会社と同じ側の人たちと見がちでしょうし、労働者にとっては自分が働く会社を危うくするかもしれない人たちとして見がちです。さて、お互いに真実を知ったら、まずはどうすべきでしょうね。
縦割り行政の問題点

担当する省庁違い
* 今回の授業で勉強した労働災害、前回まで勉強していた公害において、それぞれの担当する省庁が異なることによって生じる問題はたくさんあると思います。
 労働災害が起こることと、公害が起こることは関係性があると思います。なのに担当する省庁が違うことで対応が遅れてしまうのは改善すべき点だと思います。
 当たり前のことだとは思いますが、環境省と厚生労働省が別々に対応策を考えるのではなく、お互いにもっと密に情報の共有をして協力しながら問題解決に取り組むことが1番大切だと思いました。(J1)
→ 昔の通産省と厚生省や労働省、現在の経済産業省と厚生労働省や環境省など、所轄対象によって省庁が異なるのはやむを得ませんが、同じ企業による事件については、それぞれが持っている情報を共有して解決や対策にあたることは当然のように思いますよね。ところが、所轄対象の利害によって省庁が情報を外部はおろか他省庁にまで公開しないというのが続いているのは事実です。裁判にまでなってから、裁判長からの文書提出命令でやっと明るみに出たという例はいくつもあります。公害と労災職業病の場合は塀の内と外の違いだけですのにね。

(公害と労災職業病を扱う省庁)
* 公害と労災職業病を扱う国の省庁が異なっていることの問題点について考えてみました。調査方法や基準が統一されにくいことが問題の一つだと思います。また、公害が発生してしまったときに、労働者の健康調査がすぐに行われにくかったり、またその逆もあるのかな、と考えました。庁を統一する、または互いにしっかり連携することが改善策だと思います。(J1)
→ 省庁を統一しても、その中で公害や労災職業病を管轄する組織はどうしても分かれるでしょうね。問題はその組織間の情報共有ですが、それぞれの組織と密接な関係のある企業や労働組合や市民団体にその情報が有利か不利かで情報の内部公開も左右されていることです。裁判所の文書提出命令のような権限のある機関を省庁を超えて作るのもありかもと思います。

国とは
* 話し合いテーマの1つでもあった同じ水俣工場によるものでも、公害と労災職業病を扱う官庁は異なるというもの。それぞれがうまく情報共有や連携がとれていないためにさらなる混乱、対処への遅れが出たと考えられる。このことは、今回の水俣病の話だけではなく、現在にも言えることではないかと思った。それぞれの官庁が役割を思って業務を行うことはもちろん大切ではあると思うが、難しいことかもしれないがもう少し横の繋がりを強化すべきであることは、今の日本にもいえるのではないかと考える。(H2)
→ 省庁の横のつながりという点では、人事に関しても言えますね。何省生え抜きのなんて言われますが、片方だけでなく両方を担当することでも少しは変わるはずですよね。また、同じ企業の問題を関係省庁で連絡協議する場を積極的に設けるだけでもかなり変わるでしょうにね。
どちらが先に起こるか

公害と労災職業病
* 私は、公害と労災職業病はどちらが先に起こるかは場合によると考えた。理由は、もし、公害と労災職業病の原因物質が同じであるとすると工場の内部のみで原因物質に対し何らかの対策が行われている場合、原因物質は工場の外部に多くなるため、公害が先に起こりやすくなるが、工場の内部でも原因物質の対策が行われていない場合、普段から原因物質のそばにいる労働者のほうが被害を受けやすいため、労災職業病が先に起こりやすくなると考えたからだ。だが、本来は工場の内部と外部の両方で原因物質に対し、何らかの対策を講じ、水俣病や黒工場のような公害と労災職業病の両方を防ぐべきだったのではないかと考えた。(S1)
→ 授業で言ったように、水俣病は公害が先、黒工場のマンガン中毒は職業病が先でした。工場内で規制や対策が行われているかどうかにもよりますが、工場外に出てから食物連鎖で住民の口に入るような経路なら当然公害が先に起こりますよね。では、原発の場合はどうでしょうか?

職業病について
* 今回の授業の予習をしながら、今ではパソコン病など広く、慣用的に使われている職業病とはどのようなものなのかと考えていました。高校まで保健の授業では住民の健康被害ばかり焦点が当てられていましたが、労働者の立場から考えてみると、工場で有害物に晒され、かつ汚染された魚を食べなくてはならなかったり、健康被害を訴えて会社から目の敵にされるような葛藤があったと分かりました。会社は住民はもちろん従業員にも配慮することを忘れては行けない、というのは重要な視点だと思いました。(J1)
→ 経営者が労働者と雇用契約をする際に労働の対価として賃金を支払いますが、労働に起因する災害に対しては企業側が補償するというルールは徐々に確立され、いわゆる労災職業病対策として様々な労働環境基準が定められ、その規制や補償のための法制定や行政機関はすでに戦前に確立していました。それに対して住民の公害はひどい鉱毒事件や煙害事件もありましたが、その対策や規制は戦後の日本の4大公害が端緒となったくらいで、本当は労災職業病の方が先に知られていたのですよ。
今日の授業を受けて

(行政不作為の背景に賄賂はないのかな?)
* 認定率が低かったのも、行政監督が作用していなかったのも、行政不作為だけではなく、賄賂の疑いも掛けられるではないでしょうか。母国の中国では、賄賂を受け取っている行政の職員が、行政検査を掛ける前に、事前に電話通知をしていることが多く挙げられている。(T2)
→ なるほどねえ、最近の中国では役人が賄賂で、それこそ忖度していたとかいうニュースがありますよね。森友学園の問題でも話題になったくらいですから、ないとは言えませんが、今のところ、そこまであからさまな話は知りません。
 (水俣病の教訓が活かされていない)
* 今日の講義で感じたことは、水俣病のときもマンガン中毒のときも国や行政の対応はほとんど同じだということです。国にも責任があるのに認めず逃げようとする態度が変わってないし、水俣病での教訓が活かされていないなと思いました。(J1)
→ 公害でも労災職業病でも企業と国は責任をなかなか認めようとせず、過去の教訓が活かされていないことが明確になりましたよね。では、どうすればその状態を変えることができるかを考えましょう。

金少なくないのか?
* マンガン中毒について、企業側だけでなく国側の責任も追求できたことはすごく爽快でした。これまで第三者的な立場で知らぬ顔をしていた国側も一つ予防責任の重さを知ったいい機会だと思いました。しかし国側の賠償金があまり多くなかったことは疑問でした。確かに発端は企業側ですが、ずさんな管理、指導をしていた国側の責任も企業に近く重いのではないかと思いました(もう少し賠償金を払ってあげてよって感じです)。(C4)
→ 行政の監督責任が認められたのは画期的でしたが、確かに国の賠償金額は工場の4620万円に対して308万円ですから少ないですよね。実際には地裁判決が上級審で覆されたので、金額よりも国の責任認定の有無の方が焦点でしたが。後の筑豊じん肺訴訟では総額19億円中7億円以上の判決が出ましたから、かなり厳しく認定されています。
 ちなみに、水俣病関西訴訟では一審で確定したチッソの賠償金が2億8千万円に対し、最高裁で確定した国県の賠償金は7150万円で、責任の程度は1/4でした。

マンガン中毒事件について
* 初めてコミスペに投稿させていただきます。これからもよろしくお願いします。
今回の講義で私が1番感じたことは、知らないことが多すぎるということです。四大公害病の1つである水俣病のことは、小学生の頃より社会科の授業で学んできましたが、マンガン中毒事件については初耳でした。しかも、マンガン中毒患者に対する会社の反応は、水俣病のそれよりもひどいもののように思いました。これは、製錬所で働く限りこのような病はつきものだという、会社の誤った考えによるものだと思います。私達に出来ることは、まず社会の出来事を知り、自分の意見を持つことなのだと毎回の講義で考えさせられます。(N1)
→ うん、初めてだね。福家さんは交歓会の常連なので、そこで話したので満足してたそうです(笑)。
 水俣病はどこでも出てくるでしょうが、今回のマンガン中毒事件を話せるのは多分私だけだと思いますよ。

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